筆不精な父

父は筆不精だし、電話も好きじゃない。家を離れてからというもの、実家に帰りでもしない限り父と直接話す場面がない。

父はおかしな人で、私は幼少時より散々バカにしてきたけれども、だんだんその偉さがわかってきたような気がする。少なくとも、私より将棋も囲碁も麻雀も強い。パチンコも釣りも競馬もできる。残念ながら仕事はからきしできないのだけれども、会社見学に行くと「お父さんはまじめな人でね、みんなそれだけは感心しているんだよ」と何人もの偉い方にいわれた。

父は登山が好きで、登山を続けたくて祖父のお金で大学へ行った。何も勉強しなかったそうだが、高卒、中卒ばかりの会社に入ったから課長になった。父は部下が仕事で何をやっているかもよくわかっていなかったようだが、部下たちは父を「本当は頭がいい人だ」とみないっているそうだ。将棋や囲碁が無類の強さで、部下に敵う者がいないという。これは弟が父がかつていた職場にアルバイトへ行ったときに聞いてきた話。

ちょっと頭はいいけど、平凡だったという母。誰に聞いても、母はあまり印象に残っていないらしい。子どもの目には、賢く頼りがいのある母、体力はあるけど学ぶところのない父と映ったけれども、なかなかどうして、父は無言の背中で私に多くのことを教えてくれたような気がする。

母には、いつも感謝してきた。父にも、こうはなりたくないと思いながらも、様々な場面で感謝はしてきた。しかし父にはずいぶん、不公平をしてきたものだ。父には、まだまだ教えてもらわなくてはならないことがたくさんある。お礼をいわなくてはならないことがたくさんある。100歳まで生きたいといっている父を応援したい。身体が丈夫だから、命だけは、ひょっとすると持つかもしれない。後45年余り。気の長い話だが。ああ、私はそれまで生きられないよ。